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クリーチャーズマンション

「驚異の存在」クリーチャー達がズラリ。 あなたの探求心、創作欲、冒険願望に火を着けたい! …読めば夢の中で会えるかも?

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No.19 九千坊河童

九千坊河童
主な原典=日本の伝承

性質

九千坊河童とは九州の河童どもの頭である(九州の全ての河童が九千坊の部下という訳ではないが)。その河童の勢力が拡大し九千もの一軍になったと言うためその頭を九千坊河童と呼ぶようになった。

歴史

かつて中国の黄河の辺りに河童の一団が暮らしていた。彼等はある時海を渡って九州の球磨川河口に渡ってきた。やがて川の上流に移動し、その一族はどんどん栄えていった。

河童達はその勢力に乗ってあちこちで悪さをしたそうだ。ある時、その河童が人の尻小玉を抜いた際、ついにその土地の領主である加藤清正が怒り動き出した。

清正は九州中から河童の天敵と言われた猿を集め、放った。すると河童達は降参し、九千坊も水難避けの神、水天宮の遣いになることを誓い、悪さをしないことを誓った。

しかし一部の河童は九千坊の誓いを無視し、あちこちに散らばっていき、普通の野良河童になったそうだ。この話から全国の河童の正体は、中国から来た九千坊の一味であるという「河童渡来説」が生まれた。

ちなみに

河童という妖怪は、日本全国に様々な性質の仲間がいる。九州の河童の傾向としては、山と川を往き来するものが多いようだ。曰く、夏までは川で過ごし、秋になり決まった日になると列を組んで一斉に山に上っていくのだ。山の河童は山童(ヤマワロ)、ヤマタロと呼ぶ。

こういった移動は九州だけの伝承では無いが、九州に特に多いらしい。となると、もしかすると九千坊の一族こそが山にも移動する河童の元祖なのかも知れない。そう考えると移動の際の集団行動にも納得がいく。かつては九千坊の下で行動していた仲間達なのだからだ。
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